来
るが




「ゴウト」
『なんだ』
「僕、不安なんだけど」
『何がだ』
「気づいてるんだろ?ゴウトも」
『……気づいていてもあえて言わんのが男だ』
「そうは言ってもさぁ……」
 マントの中で膝を抱え、さらに顔まで埋めてしまいそうになりながら、ライドウは溜息をついた。
 背には「鳴海探偵社」の名を掲げる立派な扉。
 ちなみに扉は開かない。そりゃあ確かに、中には貴重な資料もあるのだろう。探偵と言う生き物は、依頼人の秘密は絶対厳守。
 七つを越えるまで田んぼとオシラサマと畑と座敷童子に囲まれて育ったライドウだったが、探偵と言う生き物を知らない訳ではない。寧ろ、探偵に憧れていた。
 幼い頃に読んだ小説に出てきた探偵は、今も心の英雄だ。
 実は、ヤタガラスの使者より探偵助手として働けといわれた時は、嬉しさのあまり(無い)尻尾がぱたぱたと揺れるほどだった。




 が。




「ゴウト……」
『なんだ』
「今、午前中だよね?」
『そうだな』
「日曜日とかじゃないよね?」
『……そうだな』
「普通さ、午前中って仕事時だよね?」
『……そうだな……』
「あのさぁ」
『……それ以上は言うな」
「でも」
『言うな。余計切なくなるぞ』
「…………」
 探偵社出社初日、肝心の探偵は留守だった。
 どんな探偵が居るんだろう、と胸を高鳴らせて戸を開けようとしたライドウを出迎えたのは、がちゃん、という空虚な音だった。
 三秒ほど固まった後、大きく深呼吸をし、もう一度戸を開けようとする。
 まるで何かに憑かれでもしたかのように戸を開けようとする暫定探偵助手の姿に(哀れになった)ゴウトが声をかけると、まるで泣きそうな目を向けられた。



 それで、今に至る。



「ゴウトー」
『なんだ』
「探偵が居ないー」
『見れば解るだろう』
「どこにも居ないー」
『……調査で出かけてるんだろう、恐らくな』
「あああぁぁぃぅぅぅうううう〜」
『……情け無い声を出すな。それでもライドウの名を継いだ男か』
「……、う……」
『……どうした?』
「もう仲魔使ってドア燃やし尽くしてやる!」
『ま、待て!それはやめろ、仲魔の使い方が間違っているぞ!!』
『男は度胸、悪魔は酔狂!久しぶりだなサマナーさんよう、何の用だい?』
『本当に呼ぶ奴があるかーっ!』
「へぶっ!」
 ぼふぅ、と音を立てて出てきた仲魔は、猫パンチを食らって吹っ飛んだサマナーの姿を見て、激しくテンションが下がった。
 致し方ないことかもしれない。
 そして、何も見なかった事にしてそっと戻って行ってくれたウコバクは、意外と優しい性格なのだろう。冷たいと言えなくも無いが。
「たーんてーぃ……」
 猫パンチの影響で、頬に引っ掻き傷を作りながらもまるで金色夜叉の如く床に崩れ落ち、床にのの字を書き出すライドウ。全身の毛を逆立ててまでツッコミを入れたゴウトだが、そのあまりにも情けなさ過ぎる姿に心のどこからか同情が湧いてきた。
 と同時に怒りも湧いてきた。
 腐っても鯛。
 腐っても葛葉ライドウ。
 ただ一つだけ言うならば、腐った鯛は食えないし、腐った葛葉ライドウは見苦しい。
 良くこんななよなよしい奴がライドウの名を継げたもんだ本当に。
 いつまでもいじけられても鬱陶しいので、いい加減機嫌を直せ、とてぺてぺ近づいていった時だった。
 猫の足音とはまた違う、硬質の足音が聞こえてきた。
 すわ探偵本人か、と目を輝かせ顔をあげたライドウの目の前に居たのは、不審げに眉を潜めた女性の姿。
「……貴方」
「……鳴海さんって、女性の方だったんですか?」
「はぁっ?何ですって!?」
 女性はいきなり怒り出した。
「あんなもじゃ男と一緒にしないでよ!」
「え、もじゃ……え?え?」
「大体なんなの?こんな所で騒がれると、こっちが迷惑なのよ」
「ええっ?え、えっ??」
『……どうやら違うらしいな。それにしても、随分と沸点の低い女性だ』
「大体……」
 女性は未だにまくし立てている。
 ゴウトが冷静に分析する。
 ライドウは既に泣きそうだ。田舎育ちには刺激が強すぎた。
「…………。……まぁ、こんな事、書生に言っても仕方ないわね」
 女性が怒りの臨界点をあっさり越えてまくし立て始めて数分後。
 一人どうしたら良いか解らないとでも言いたげにおろおろしている書生の哀れな姿に、女性の怒りも解けたらしい。最も、足元に達観したような目で座る黒猫にまで、縋りつくような視線を向ける姿を見れば、誰だって哀れになるのだろうが。
 この場合、無駄にライドウの顔が良かったのも原因なのかもしれない。
 端整な顔立ちの青年が、一人おろおろしている姿は、どちらかと言えば滑稽だ。あまり見たくない。
「それで?」
「はぃ?」
「それで、こんな所で何をしてるのって聞いてるの」
「えぇと、それが……」
 ライドウは、事情を話した。
 今日から探偵社で働く事になったんですが、と困った様に切り出すと、女性はあぁ、とさも呆れたような声を出した。
「あのもじゃ男なら、今日も竜宮よ」
「りゅう、ぐう?」
 一体何なのだろう。
 海の底にでもある楽園なのだろうか。
「そうよ。あら、知らないの?料亭よ、料亭。全くもう、家賃が溜まっているって言うのに良くいけるわね!」
「………………」
 怒りが再燃したのか、一人顔を真っ赤にして憤る大家さんによって、ライドウの憧れていた「探偵」は見事に崩れていった。




 結局、女性はこの銀閣楼の大家だったらしい。
 部屋に入れなくて困っている旨を伝えると、仕方ないわねと言って鍵を開けてくれた。
 そう悪い人では無かったようだ。ただ、怒りっぽいだけで。




「ゴウト」
『なんだ』
「僕かなり不安なんだけど」
『奇遇だな。俺もだ』
「帰ったら駄目かな」
『駄目に決まっているだろう』
「……だよね……」





 結局、部屋の主が帰ってきたのは夜も遅い頃で。




「遅いお帰りですね」
「……お前は誰だ……?」
 挨拶をしたは良いが、警戒された。
 確かに、電気も付けずに部屋の中に佇んでいる姿は、探偵を待ち伏せする悪役そのもの。どんな人間だって警戒はして当然だ。
 眉を潜め、こちらを値踏みするような男の表情は、心なしか「本物」の気迫がある。だが、それと気づいてもライドウにしっかと植えつけられた印象は変わらなかった。
「………………聞いていませんか?今日から貴方の助手になる」
「……?……ああ!そういや、そんな事をカラスの姉ちゃんが」
「……使者殿を、姉ちゃん……」
 その一言で、徹底的にこの男とはそりが会わない、と勝手にライドウは判断し
『……ライドウ、落ち着け』
 ゴウトに窘められた。










 初めての出会いを思い出すたびに、ライドウの苛々は意味も無く募る。
 たまに、本気でぶん殴ってやりたいと、思うのだが、その思いはここ最近は薄れてきている。慣れたのだろう、哀しい事に。
 だが、例えば今日の様に、竜宮へと赴く姿を銀閣楼から見るにつれ、ここでオオクニヌシでも呼び出して、ブフダインをかましてやったらどんなにスッキリするだろうとそんな事を思うのだ。


 もちろん、本気でやるつもりは毛頭無いのだけれども。




初対面は何だか最悪そうだと思った
ていうか、銀閣楼自体に鍵がかかってたんだっけ、九話…

























「全く、僕もお人よしになったもんだな……」
『……ライドウ』
「何?」
『それは何の冗談だ?』
「はい?」
『少なくとも俺の目には、
容赦がなくなったようにしか見えないんだが』
「失礼な」