午後の雀卓




「ぬああああああああああっ!!」

 珍しく切れた様子のライドウが、雀卓へと牌を叩き付けた後、思い切り額を叩きつけた。
 がつんがつんと言う酷く痛そうな音が聞こえ、ついでに幾つか牌が跳び、共に麻雀に興じていたオシチは思わず目を瞑り、その目の前で同じく麻雀に興じていたオオクニヌシは、そっとディアラマを唱えた。
 かくして、牌についた血はともかく(どうやら額が割れたらしい)それ以外はオオクニヌシのお陰で何事も無かった様に見えるライドウは、未だ落ち着かぬ様子で顔を上げた。
 どうやら相当に納得が行かないらしい。


「ら……ライドウ?」
『……ライ様、大丈夫ですかぇ?』
『あまり我の手を煩わせるな』


 突然のライドウの奇行に驚いたのは、鳴海ただ一人だった。ライドウの両脇に陣取っていた仲魔達は、それぞれに労わりの言葉をかけている。
 彼らと鳴海の差は、普段から奇行を見慣れているか否かだろう。
 この優秀な探偵助手は、探偵社の中ではドゥンより厚い猫を被っている。最も、猫と言っても大人しいだけではなく、まるで冬将軍の様に冷たい猫なのだが。


 厚く冷たい猫を被った探偵助手は、今やすっかり猫を被る事を忘れている。


「…………な」
「な?」
「なんだって開始早々国士無双が来るんですか」
「……さぁ」
「しかも二度連続って……」
「運が良かったんだろ。それか、お前の運が相当無かったか」
「どんな運だ!」


 仲魔二人の労わりの言葉をさっくり無視し、ライドウは目の前に居る上司に喰ってかかかった。
 無視された方は、ああ、最初からそれぐらい解っていたさ、とでも言うように、顔を見合わせて溜息をついた。随分と性格の違う二人だが、ほぼ同期の為仲は良い。
 そんな物分りの良い仲魔二人を無視した主人と言えば、納得いかぬ、とばかりに雀卓を叩きまくっている。こうして見ると、年相応、いや、寧ろ子供の様だ。
 最初の奇声と奇行に度肝を抜かれていた鳴海も、漸うと落ち着きを取り戻してきたらしい。にっこりと、それはもう、満面の笑みとしか言えない笑みを浮かべた。


「まぁまぁ落ち着けって。俺が国士無双で上がったのは事実だろ?」
「うぐっ」
「で、ライドウが負けたのも事実だろう?」
「………………」
「ん?なぁ、ライドウ」
「幾ら支払えば宜しいでしょうか」


 最終的にライドウが負けた。


 どう贔屓目に見たとしても二回連続国士無双は可笑しいというに、外套から大黒様の止め具がついた財布を取り出す様は、言っちゃ悪いが哀れだった。
 さらに鳴海が笑顔なもんだから、ライドウの哀れさが増す。ついでに言うなら、鳴海の非道さも増している様に仲魔達には感じられた。

『よくもぬけぬけとこの男……斬るか』
『あまり物騒な事を言う物ではありんせんよ……?このような男でも、一応、ライ様が頼るべきお人でありんすから』
『……全く持って情け無い……ライドウが、このような男に頼らねばならぬとは……!!』

 物騒な台詞を吐くオオクニヌシをオシチが嗜める。
 そんな二人の会話は、溜息をつきながら負け金を払うライドウには聞こえていなかったらしい。今の状況であれば、死なない程度に斬って良いよと言ってしまう事確実なので、聞こえて無くてよかったのかも知れない。


 かくして、溜息をつきながら財布を懐に戻した十四代目葛葉ライドウは、己の血で汚れた牌をきっちり拭いた後、真剣な顔で目の前に居る男を見た。


「……もう一勝負しましょう」
『何っ!?』
『ライ様、それは本気でありんすか!?』
「あんたに勝つまでやってやる!」
「……俺はいいけどねぇ……別に」


 正々堂々と宣戦布告をしたライドウを、意味ありげに見て鳴海が笑う。
 その笑みをしっかりと見てしまったオオクニヌシは、思わず天を仰いだ。


『……我は思うのだが』
『わちきも同じ事を思いんした』








 そうして、仲魔二人は溜息をつく。
 カモられている可哀想な主人に、心底同情して。



仲魔に負けるとああ、で終わるのに、何で鳴海さんだとあんなむかつくんだろう…
























で。


「……まーたーまーけーたー!!」
『ライ様、そろそろ止めにしんしょう?』
『正直、キサマの無様な姿は見るに耐えん』
「…うぅー……もう一度!」
「……ライドウも好きだねぇ……」

『我らの意見は無視、か……』
『……斬るのなら、卓のほうにしておくんなまし』