『ねぇねぇお兄ちゃん、お兄ちゃん、遊んでー』 「え……そうだなぁ……今は急ぎの仕事も無いし……うん、良いよ。何して遊ぼうか」 『あのね、おままごと!お兄ちゃんがお父さんで、私がお母さんなの』 「あれ、あの二人は?」 『赤おじさんと黒おじさんはね、むつかしいお話してるからダメって言われたの』 「ふぅん……珍しいな……。……じゃぁ、鳴海さんは?」 『あのおじちゃんはペットー!』 「……ペッ……」 『そうよ、犬なのー』 「い…………」 事務所の片隅で微笑ましい光景を繰り広げる二人を見ながら、赤おじさん事ベリアルと、黒おじさんことネビロスは溜息をついていた。 『アリスは、ライドウに懐いておるのぅ、黒の』 『そのようだな、赤の』 『まるで本当の兄妹のようじゃのう、黒の』 『本当だな、赤の……全く持って微笑ましいことだ』 鳴海探偵事務所は、意外なほど居心地が良かった。 帝都の何処かに、静かに暮らせる場所が存在すると言うならば、間違いなくここなのかも知れないと、そう思える程。 アリスもライドウに良く懐き、ライドウが暇な時は良くこうしてままごとなどで遊んでいる。 今こうしている分には、さして旅に出ずとも良い様な気がしてくるから不思議だ。 静かに暮らせる場所を探す。 その思いは今も変わっていない。 いつか、人間に干渉されずにそっと、ただ静かに日々を過ごせる事を夢みている。 だが、楽しげに笑うアリスとライドウの姿を見ていると、何も今すぐ出かけずとも良いのではという気持ちになってくる。 方向は違えど、全てはアリスの為だ。 静かに暮らすのも、今、このまま、いつかアリスがライドウに飽きるまで、共に暮らすのも。 『あのねお父さん、今はね、ペットがね』 「……鳴海さん……ごめん」 『どうしたの?お父さん』 「いや、なんでもないんだ。それで?ペットがどうかしたの?」 『えっとね、お使いに行ってるの。だから、帰ったら良い子ねって褒めて、なでなでしてあげてね?』 「……鳴海さん……ほんと、ごめん……」 『……?へんなお父さん』 ずっと一緒に居てくれてもいいのに。 残念そうに少年は呟いた。 きっと、アリスにライドウへと言ったのと同じ言葉を伝えても、似た様な答えが返ってくるのだろう。 つまんない、私、ずっとお兄ちゃんたちと一緒がいい、と。 『ライドウが死んでくれたら、共に連れてゆけるのだが……』 『…………それは、無理じゃろうなきっと……』 『……あぁ……我らが殺されて終わりだろうな……』 きゃあきゃあと笑う少女の前で、ここには居ない上司を思って必至に涙を堪えている少年は、非力で小さい存在に見える。だが、人を見た目だけで判断してはいけないという事を、二人とも良く知っていた。特に、彼は。 死んでくれと牙をむいてみたところで、断ると言われ、返り討ちにされる姿は目に見えている。 例えそうではなかったとしても、死んだライドウの姿を想像出来ない。万が一があったとしても、自分達が手をかける事はできないだろう。 もしかしたら長く共に居た所為で、ライドウにまで要らぬ情が移ったのだろうか。 「帰ったぞ……って、どうした、そんなところに座り込んで」 『あーダメー!犬なんだからワンって鳴かないとー』 「……鳴海さん一応三十路過ぎなんだから、そんな事させたらかわいそうだよ……」 「ライドウ……一体、誰と、何の話をしてるんだ……?」 「友達です。あまり気にしないで――」 『うぅーまたぁ……殺してやるー!』 「鳴海さん棒読みで良いからワンって言って!!」 「はあっ!?なんだっていきなりそんな事……」 『まーたぁ!』 「ベリアルネビロスお願い止めて!!」 全く持って微笑ましい。 今にも泣き出しそうな勢いでこちらを見たライドウに、思わず二人とも笑ってしまった。 『なぁ、赤の』 『なんじゃ、黒の』 『我はもう少し、ここに居ようと思うのだが』 『ほう、これは奇遇だの。儂もそう思ってたところじゃ』 『ならば、決まりだな』 『うむ、決まりじゃの』 「っていうかそこで雑談してないで……あああ、鳴海さん逃げてーっ!」 世界のどこかにあると言うならば。 きっとここが不思議の国だ。 騒がしいが静かに暮らせる、のんびりとした不思議の国。 |
アリス達は平穏の地を探すより、ずっとライドウと一緒に居た方が幸せだと思います。
居てください。合体しないから、本当に。
『つまんなーい、アリスつまんなーい。
なんであのおじちゃん、わんって言ってくれないのー?』
「……三十路越えた大の男がわんって言ったら驚きだよ……」
『ふむ、可愛いアリスの為じゃ、儂が言わせてみせようかの』
『我もやれば出来ぬではない。あの男に、わん、と言わせれば良いのだな?』
「やめてください頼むから」
「……でもちょっと見てみたい、かも……」