ごほり、と血を吐いた葉佩が不思議そうな顔を向けてきた。
HANTの無機質な音声が心拍数の低下を知らせるのが皆守の耳にも届く。
もう反撃する力も無いだろうに。
背後の壁に縋りつきながら立とうとする姿が滑稽であり、哀れでもある。壁には彼自身の血が嫌というほど付いており、葉佩の立つのを阻んでいる。
立とうとしてはすべり、立とうとしてはすべり、それでも釈然としない表情で、彼は何度も立ち上がろうとする。
まるで、永久に終わらぬ刑罰を受けている様なその姿に苛立ちを覚える。何故そうまでして立ち上がろうとするのか。
ゆっくりと近づく皆守に気付く事無く、葉佩は、まだ立ち上がろうと足掻いている。壁に縋りつくことが不可と見ると、剣にしがみ付き立ち上がった。
本来なら己より相当高い背丈が異常に低く見える。葉佩から常に浮かび上がる生命力と言う物が感じられないからかもしれない。
弱弱しいその姿に苛立ちは消え、釈然としない哀れみが首をもたげる。
「もうやめろよ、九龍」
「…………?」
葉佩が、眉を顰めた。自分の声が聞こえていないのだろうか。
まるで北風のような息遣いを聞きながら、支えとなって居る剣を遠くへと蹴り飛ばした。
縋りつく物を失くし、血溜りの中へ膝を付いた葉佩を見下ろす。
壁にぶつかった時に出来たのだろうか。背中に大きな裂傷が出来ている。
止まる事無く溢れる血の匂いは、アロマの匂いも掻き消すほどだ。
もうやめろよ。もう諦めろよ。
「……それ以上は、自分を苦しめるだけだぜ?」
形勢逆転は、ありえないのだから。
もし彼が抵抗するのであれば、皆守は容赦なく攻撃を続けるだろう。それこそ、本当に死ぬまで。
このまま何もしなくても、彼は恐らく死ぬのだろう。
なのに、何故
不意に
どこか遠くで、聞きなれた音が微かに響いた、様な気がした
「……お前は、俺の事を嫌いだったかも知れないけど」
その言葉は、異常にはっきりと耳に届いた。
皆守を見上げる葉佩の顔は、見たことも無いほど穏やかで、そして最高の笑みを浮かべていた。
自分には決して向けられる事の無かった笑みに、皆守の心が揺れる。
「俺は、お前のこと好きだったよ……」
彼の手には、拳銃が握られていた。
照準は、迷う事無く心臓へと向けられて…………
「だから、せめて苦しまないように」
銃声
自分は、本当に彼の事が嫌いだったのだろうか。
本当に嫌いであればあの笑みに心を揺さぶられる事も無く、そして……
ああ、全てはもう、意味の無い事だけど
銃弾は迷う事無く皆守の心臓を貫いた。
皆守が、どこか呆けたような表情で、数歩後ろへと下がる。
その様子を満足そうな笑みで見ていた葉佩の身体が傾いだのと、皆守が倒れたのはほぼ同時だった。
『ハンターの死亡を確認しました』
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