さりとて今更聞く事も出来ず





誰がどう考えても迷惑であるにもかかわらず、自分が出るという事を欠片も疑っていないノックの音に、あぁまたあの男か、と皆守は戸を開けた。そこには、もう見慣れてしまったといっても過言ではない顔がへらへらと笑っていた。
墓地での一件以来、微妙に顔が会わせ難く、意味もなく避けていた。相手の方にも色々合ったらしく、ここ数日は、煩そうに(そしてどこか呆れたように)誰かと電話ばかりしているようだった。かなり流暢な英語で怒鳴る声を聞きながら、今までであれば何の話題か尋ねる事も容易だったのに、と改めて彼との距離にため息をついた。
結果、例の事件から一週間も顔を合わせて居らず、皆守としては非常に居心地が悪かったのだが、別に相手はそんな事はないらしい。その男は、何時もどおりの笑顔を浮かべ、いつもと同じ調子で戸を叩いてきた。
あの墓地の一件など、まるで無かったかのように。
(これじゃぁ俺が馬鹿みたいじゃねぇか)
彼の性格など、解っていたはずだった。
正義感が強くて人が良いお調子者。それでいて、単なる明るい馬鹿というわけでもないらしい。長生きの出来ない性格だと思っていたが、その性格を補って余りある程の力を持っている事を先日の墓地で体感したのもまた事実。

「……まぁ、入れよ」

なんの意味があるのか、と問いたくなるほどの素晴らしい笑顔に根負けした姿で、皆守は己の部屋へと通じる道を開けた。
ありがとう。
そう言って、緋勇龍麻はなんの躊躇いもなしに人の部屋に上がりこんだ。




※※※※



どうしても君が僕と戦うというのならば
僕は僕の全力で持って
君の事を完全に完璧に完膚なきまで徹底的に叩き潰して差し上げましょう



※※※※



勝てると、そう思っていた。
緋勇が戦う姿を最も傍で見ていた。
目が恐ろしく悪い事。左からの攻撃にはほんの少しだが反応が悪い事。
銃より剣類が得意な事(これには、眼鏡をかけても視力が0.1行かない為狙いが定まらないという特殊な事情があるのだが)など、彼の戦い方の癖はしっかり頭の中に入っていた。しかし、彼は自分の戦い方を全く知らない。
それだけではない。実力や身体能力も、それまでの戦闘から言って自分の方が上のはずだった。


「君では、彼には勝てないよ」


そう言って、黒尽くめの男が薄らと笑った。口元は黒い布で覆い隠されていたが、それでも、笑ったという事はしっかりと解った。
彼の言葉が聞こえたか、緋勇が恥ずかしそうに笑った。だが、否定はしなかった。
何を馬鹿な事を、と思った。
実際、緋勇の存在感はろうそくの灯火のように小さく揺らめいている。
しかし


「いや……」


黒尽くめの男が、余裕の笑みを浮かべたまま視線を横にずらした。
男の視線の先には、阿門が立っていた。



「君達では、というべきかな……。彼には、君達が二人でかかっても、勝てはしないよ」








そして、皆守は負けた。
ついでに、阿門も負け……荒吐波神までもが倒された。
結局は、あの男の言った通りになったのだ。





「そういえば、龍麻」
「はい?」

嬉しそうにカレーを食べていた緋勇の手が止まった。
ずけずけと人の部屋に入ってきただけではなく、そのうち食おうと思っていたカレーまで彼は平然とねだって来た。まぁ、文句も言わずに渡す皆守も皆守なのだが。
皆守を見上げてくる表情は、事件以前と全く変わる事ない無防備で皆守を信じきっているものだった。
あまりに幸せそうである意味だらけきっているその顔を見ていると、自分が悩んでいた事などどうでもいい様に思えてくる。

「……いや、なんでもない」

ため息をつき、髪をかきむしった。笑みを湛えた緋勇の目が、やけに気になる。
何でも見透かしたような目しやがって。
実際、わかっている事など自分の想像の半分もないのだろうが、それでも全部ばれているような気になる。何となく誰に聞いても同じ意見が帰ってくるような気がしているのだが、聞いたことは一度もない。
嫌いというわけではないが、苦手ではあった。


「もしかして、彼の事をお聞きですか?」
「……は?」

いつの間にか、緋勇はカレーを食べ終えていた。緋勇は食事後に、ご馳走様と言って手を合わせる癖を持っているが、それも終わっていたらしい。
突然の質問に皆守は戸惑って、それでも平常心を装って眉を顰めた。

「あれ?違いましたか?」

実際は、全く違わないのだ。今さっきまで考えていたのは、何時の間にやら緋勇のバディとして隣に立っていた黒尽くめの男の事だったのだから。
しかし、皆守は、緋勇の言葉を否定した。

「いや、違うぜ」
「えっ?違ったんですか?」

あぁ、じゃぁ僕の勘違いでしたか、と、照れたように緋勇は笑った。
その顔は本当に照れていて、ああ、この男は全てわかっているわけではないんだな、と、皆守はひっそりと笑った。



だが結局の所、あの黒尽くめの男が何者だったのか聞きそびれたことには変わりなく。
違うと言ってしまった手前、聞く事も出来ずに暫く皆守は悶々とした日々を過ごす事になるのだが。



 





黄色い人。
黄龍というより、グリーンという方が好きです。なんとなく。

緋勇さんは心身共に大人なので、同い年としてみると大層気味の悪い方だと思うのです。
……でも同い年に見えないって絶対あの人。


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年下の 友人が出来た

5点