それはまるで呪いのように扱われていた(事実、それは呪いに近い性質を持っていた)が、実際のところ、≪黒い砂≫と言うものは、墓守の身を守る物でもあった。江見睡院と言う男以来墓の奥には行き付かなかった為、誰しも忘れている事だったが、葉佩九龍の活躍により、その役割はしめやかに復活していた。
葉佩の放つ銃から、刃から、拳から。
本来であれば致命傷となるべきそれらの傷も、身体に巣食っていたとも言える化人や≪黒い砂≫のお陰で驚くべきほどまでに軽減されていたのだ。




だが、皆守甲太郎においては、その呪いや加護とは全く別な所にいたとしか言わざるを得ない。
彼は≪黒い砂≫からの干渉を殆ど受けていなかったのだし、墓を守るべき彼を守るはずの化人は既に浄化されていたからだ。
殴られれば痛いし切られれば血が出る。
しかし、そんな事はお構い無しに、葉佩は薄らと微笑みながらもナイフを逆手に持っていた。


だが



たとえ死ぬと解っていても、皆守は己の(何かの)為に、この戦いを止める事は出来なかった。葉佩も、恐らくは己の信念と、僅かに浮かぶ≪世界のため≫という理念の為に戦いをやめることは無いだろう。

……何故か、皆守には葉佩が死に、己が勝つという予想は全く浮かんでこなかった。
何故かは本当にわからない。
ただ、何も考えていないであろう葉佩を見ていると、この男が地に倒れ伏す事は無いような気がしたのだ。






ふわり、と葉佩が動いた。初め取手と戦った時からは全く想像もつかない滑らかで速い動きだ。振るうナイフにも無駄が無く、ただ敵を倒す為に必要な最低限の動きしかしていない。

自分は、間違えたのだ。

ナイフの軌跡から距離を取りつつ、皆守はひそりと苦笑した。
最初に会った時に嫌な予感はしていた筈。
まだ、小さな感傷しか覚えぬうちに、葉佩の存在が小さいうちに、あの男は危険すぎると言えば、こうも侵食されなかったであろうに。


「そんな小さい獲物で、俺を倒せると思ってるのか?」


射程距離は、ほんの僅かだが相手よりはこちらの方が長い。
ナイフを振り切った葉佩へと、皆守の蹴りが決まる。小さく呻いて飛ばされた葉佩だが、殆ど体勢は崩れていない。
まるで遠い昔に見たアニメのヒーローのようだ。
内包する物は悪役そのものであるにもかかわらず、彼は不屈のヒーローのように、ナイフを持ったまま立ち上がり


「でもさ」


微笑んだままにナイフの先を皆守へと向けた。迷いの無い切っ先は、ただ真っ直ぐ皆守の喉へと向けられている。


「畳針でも人は殺せるよ」


やはり、その言葉は、悪役のこぼす物となんら変わりは無いように皆守には思えた。





……油断していたのかどうかはわからない。もしかしたら、無意識に手を抜いていたのかもしれない。
結局の所、皆守は甘かったのだ。知り合いを、殺す事など出来なかったのだ。
どれだけ、いけ好かない相手だったとしても、葉佩九龍は知り合いで、気の合う奴に変わりは無かった。

気がついたときには、葉佩の姿は目の前から消えていた。


Good night, baby


恐ろしく優しい声が背中から聞こえた。次いで、喉元にひんやりとした感触。痛みより先に、熱。
視界の端を、銀色の何かが、いや、ナイフが通り過ぎた。
何時もと同じような、穏やかな笑みを浮かべた葉佩の横顔が見える。…あぁ。ここで、彼がほんの少しでも哀しそうな顔をしていたら、最期の最期で彼を好きになった事も出来たかもしれないのに。

はばき

声を出したつもりだったが、耳に届いたのは擦れた風の音のみ。
友人を殺したとも、いや、人間を殺したとも思えぬ笑みを浮かべた葉佩の横顔に、やはりこの男はいけ好かないな、と思ったのが最後だった。











だから、皆守は知らない。
ナイフを捨て、返り血などに頓着せず、死に行く彼を抱きしめた腕の温かさを。
はっきりと見えていたら知っていたのかも知れない。
その目が、本当は泣いていた事を

「せめてこれからは、良い夢を…」

誰にも聞かせた事のない、優しい声でささやいていた事を






それが彼への非難か皆守を悼む言葉かは知らないが、阿門が何がしかの言葉をかける寸前に、葉佩の手は皆守を離れていた。力なく、血溜りの中へと崩れ落ちる骸へと視線をやる事も無く、葉佩は落ちていたナイフを拾い上げる。



「さぁ、会長さん。…殺しあおうか」



葉佩は阿門へと視線を向けてはいなかったが、恐らくその顔は笑っていた。







「We can make nice dograce」








 




「意味の無い事」の逆バージョン……。
あれで皆守を殺して…ってオチもありはありだよね!と思って…。
…いや、なしだろう、自分…

ちなみに、最後の英文は……ものすごい意訳すると「俺たちなら良い殺し合いが出来るよ」だと思います。
dograce=殺し合い……スラングですが無論。


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死ぬという事は
生きるという事と
多分同じ事だと思う